大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和56年(ワ)4567号 判決 1981年9月10日

原告 小平博司

右訴訟代理人弁護士 田村正孝

被告 永代信用組合

右代表者代表理事 山屋八万雄

右訴訟代理人弁護士 萩秀雄

同 小林芳雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一八四万円及びこれに対する昭和五六年四月五日より右支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、訴外大一設備工業株式会社(以下訴外会社という。)を被告として、約束手形金一八四万円の支払を求める訴訟(東京地方裁判所昭和五六年(手ワ)第一一号約束手形金請求事件)を提起し、勝訴判決を得、右事件の執行力ある判決正本に基づいて、債権者原告、債務者訴外会社、第三債務者被告とし、訴外会社が被告に対して有していた金一八四万円の預託金返還請求権(以下本件債権という。)について、債権差押及び転付命令(東京地方裁判所昭和五六年(ル)第八九〇号、同年(ヲ)第三八五二号)を得、右命令正本は、同年四月四日、被告及び訴外会社にそれぞれ送達された。

2  よって、原告は被告に対し、右転付命令に基づき、金一八四万円及びこれに対する右転付命令が送達された翌日である昭和五六年四月五日から右支払済みまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

認める。

三  抗弁

1  被告は、昭和五四年一月三〇日、訴外会社との間で、左記内容の信用組合取引契約を締結した。

(一) 訴外会社の被告に対する債権について、仮差押、保全差押又は差押の命令、通知が発送されたときは、訴外会社は、被告からの通知、催告がなくとも、被告に対する債務について、当然に期限の利益を喪失し、直ちに右債務を弁済する。

(二) 訴外会社が、期限の利益喪失などにより、被告に債務を弁済しなければならないときは、被告は、右債務と訴外会社の被告に対する債権とを、その債権の期限の如何にかかわらず、いつでも相殺でき、そのときは事前の通知及び所定の手続を省略し、訴外会社に代り預け金などを受領し、債務の弁済に充当できる。

2  被告は、右信用組合取引契約に基づき、訴外会社に対し、次のとおり、金員を貸し与えた。

(一) 昭和五四年二月二二日、金五〇〇万円

(1) 利息 年五・六パーセント

(2) 弁済方法 同年四月から昭和五八年五月まで毎月五日限り、元金は金一〇万円ずつ、利息は翌月分の利息を支払う。

(二) 昭和五四年一一月六日、金一〇〇〇万円

(1) 利息 年九・二五パーセント

(2) 弁済方法 同年一二月から昭和五六年七月まで毎月五日限り、元金は金五〇万円ずつ、利息は翌月分の利息を支払う。

3  原告は、昭和五六年一月八日、訴外会社が被告に対して有する金一八四万円の本件債権に対し仮差押決定(東京地方裁判所昭和五六年(ヨ)第四〇号債権仮差押申請事件)を得、右決定は、そのころ、被告に送達された。

4  前記2の各貸金債権の残元金は、昭和五六年四月当時、(一)の貸金については金二五〇万円、(二)の貸金については金一五〇万円になっており、被告は、同年五月二二日到達の内容証明郵便によって、本件債権の転付債権者である原告に対し、(一)の貸金については金三四万円、(二)の貸金については全額の合計金一八四万円を自働債権とし、本件債権を受働債権として、対当額において相殺する旨の意思表示をなした。したがって、本件債権は相殺によって全部消滅した。

四  抗弁に対する認否

抗弁1及び2は知らない。3は認める。4は否認する。仮りに被告と訴外会社との間で抗弁1のような約定があったとしても、本件債権に対する手形所持人からの仮差押や差押転付命令は、訴外会社の資力、信用に関するものではなく、右約定の期限の利益喪失の原因としての仮差押には、該当しないもので、訴外会社の被告に対する貸金債務は分割弁済の利益を喪失しておらず、また被告主張のころ配達された内容証明郵便は原告に対する相殺の意思表示ではなく、単なる相殺の事実の通知にすぎない。

五  再抗弁

訴外会社は、被告主張の貸金債務について、原告からの転付命令が送達されるまでは一度もその支払を怠っていなかったことは明らかであり、本件債権を転付債権者である原告に支払うことを避けるため被告と訴外会社が話し合って相殺の形式を整えたとしても、それは信義則に反し、権利の濫用として許されるものではなく、被告の相殺の意思表示は無効である。

六  再抗弁に対する認否

否認し、争う。本件債権は手形所持人の担保となるものではなく、他の預金などの被告に対する債権と同様の性質のものである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1  抗弁のうち、3については当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告と訴外会社との間で抗弁1主張の約定の信用組合取引契約を締結したこと及び抗弁2の貸金の事実を認めることができる。ところで、原告は、本件債権に対する手形所持人からの債権仮差押は被告と訴外会社との間の信用組合取引契約で約定された期限の利益を喪失させる仮差押などには該当しない旨主張するが、被告の貸金債権の債務者である訴外会社に対して、仮差押の命令が送達されることは、債務者の信用を悪化させる定型的な徴候と解することができ、右仮差押が、手形所持人である原告による、訴外会社が手形交換所の不渡処分を免れるため被告に交付した異議申立預託金についての本件債権に対してなされた場合であっても、特段の事情のないかぎり、右約定の期限の利益喪失事由に該当すると解するのが相当であり、右特段の事情についての主張、立証がない以上、原告の主張は理由がなく、そして被告と訴外会社の右信用金庫取引契約が第三者である原告に対しても有効であることから、原告のなした本件債権の仮差押命令が被告に送達されたことにより、訴外会社の被告に対する各貸金債務は分割支払の期限の利益を喪失したものと認めることができる。

2  また《証拠省略》によれば、抗弁4の事実を認めることができる。なお、原告は被告の主張する内容証明は相殺の意思表示を表わすものではない旨主張するが、右《証拠省略》によれば、記載内容に若干の不備があるにしても、全体からすれば相殺の意思表示であると認めることができる。

3  以上によれば、被告の抗弁を認めることができる。

三  再抗弁について

《証拠省略》によれば、訴外会社は被告に対する貸金債務を、本件債権に差押転付命令がなされるまでは、ほぼ遅滞なく支払っていたことは認められるが、被告と訴外会社とが話し合って本件債権を原告に支払わないために相殺の形式を整えたことを認めるに足りる証拠がないばかりでなく、そもそも手形債務者が支払銀行に交付した異議申立預託金は特定の手形債権の支払を担保して、その信用を維持する目的のもとに提供されるものではなく、支払銀行の預託金返還債務を、手形債権者との関係で、他の一般債務と区別して支払銀行が手形債務者に対して有する反対債権をもって右預託金返還債務と相殺することが、手形債権者との関係から制限されるものと解すべき理由はなく、原告の再抗弁は認めることができない。

四  よって、原告の本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小松峻)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例